■まことに幸せな者
「申命記 33章:29節」
33:29
しあわせなイスラエルよ。だれがあなたのようであろう。主に救われた民。主はあなたを助ける盾、あなたの勝利の剣。あなたの敵はあなたにへつらい、あなたは彼らの背を踏みつける。
モーセは、イスラエルの民たちのために祝福しながら、「しあわせなイスラエルよ。」と宣言しました。イエス・キリストにあって神様の子となった私たちも「幸せな者」です。それでは、果たして幸せの条件が何であり、どのようにしたら得ることができるのか、聖書を通してたどって見ることにします。
幸せの内的条件は、愛と、平安と、希望です。「人を愛するから、まことに幸せだ。」と或る詩人が詠ったように、愛する対象を持っている人は幸せです。しかし、心に愛がない人は、いくら富貴、栄華、権力を得たとしても決して幸せではありません。聖書は、『兄弟を愛する者は、光の中にとどまり、つまずくことがありません。兄弟を憎む者は、やみの中におり、やみの中を歩んでいるのであって、自分がどこへ行くのか知らないのです。やみが彼の目を見えなくしたからです。』と教えています(ヨハネの手紙 第一2:10〜11)。
ですから、私たちがイエス・キリストを模範として、隣人に対して愛を実践する時、私たちは幸せ者になることができるのです。
また、まことの平安は、義の心から出ます。良心に少しも呵責を受けない、義の人、堂々とした人の心には、大川の水のような平安が溢れ、このような平安な心に幸せがしみ込むようになるのです。
さらに、希望がある人は幸せを感ずるようになります。すべての人たちが「自分は不幸だ。」と思う状況に置かれても、希望の光は幸せの歓喜を鮮明に現してくれます。ですから、明日に対する夢がある時、私たちは絶望的な状況にあっても、かえって希望の光を見つめながら幸せを享受することができるのです。
それでは、どうしたら幸せの内的条件を得ることができるでしょうか?神様を「自分の神様」としなければなりません。道であり、真理であり、命であられるイエス・キリストを信じることによって神様の救いを得る時、私たちは初めて愛と平安と希望を得て幸せな生活を営むことができるのです。
神様は、私たちを「幸せな者」と宣布なさいました。従って、私たちも神様と一緒に、「私は幸せ者です。」と宣布しなければなりません。そうする時、まことに私たちの心の中に幸せが満ち溢れるようになるのです。
お祈り
全知全能で、愛であられる、わが父なる神様!イエス・キリストにあってまことの幸せを享受することができるようにしてくださって、有り難うございます。私たち家族がみな、毎日、「私たちは幸せ者だ!」と宣布することができるように助けてください。また、この幸せを隣人にも分かち与えるイエス様の弟子となれるように導いてください。イエス様の御名によってお祈り申し上げます。アーメン!
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